国際映画祭「第17回東京フィルメックス」。そのプレイベントとして、聴覚障害者向け日本語字幕付き映画「野火」(2014年)の上映会が12日に開かれました。
11/12の上映会を取材されたレポートが毎日新聞に掲載されましたので、シェアいたします。
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「野火」を聴覚障害者向け字幕上映
「同じ衝撃」伝えた製作の舞台裏
「東京フィルメックス」プレイベント
東京・有楽町で27日まで開催される国際映画祭「第17回東京フィルメックス」。そのプレイベントとして、アテネ・フランセ文化センター(東京都千代田区)で、聴覚障害者向け日本語字幕付き映画「野火」(2014年)の上映会が12日に開かれ、上映後は監督で主演も務めた塚本晋也さんと、東京フィルメックスのディレクター、林加奈子さんによるトークイベントが、手話通訳を交えて行われた。【西田佐保子】
「原作があまりにも素晴らしく、いつか映画化したいと思っていました。
日本という国が戦争に大きくかじを取り始めている気がして、『そのいつかは今だ』と、お金もないのに撮影をスタートしました」 作家の大岡昇平さんが自身の経験をもとに、第二次世界大戦におけるフィリピン戦線を描いた同名小説を映画化した「野火」について、塚本監督が語った。
「野火」は日本だけでなくベネチア国際映画祭など海外40以上の映画祭でも上映され、第70回毎日映画コンクールで監督賞と男優主演賞を受賞するなど、高い評価を得た作品だ。
聴覚障害者向け字幕については、映画公開時からその必要性を問われていたものの、予算的な折り合いがつかず断念したという。
「第15回東京フィルメックスの開幕作品として日本で初上映されたご縁もあり、今回、映画祭事務局から字幕製作を持ちかけられて、非常にありがたいご提案だと快諾しました」と塚本監督は話す。
誰もが見たい作品こそ字幕を
これまでも東京フィルメックスでは、相米慎二監督の「夏の庭 The Friends」▽木下恵介監督の「二十四の瞳」▽大島渚(なぎさ)監督の「青春残酷物語」など、聴覚障害者向け字幕の製作と上映を行ってきた。
林さんは、「皆が見たい作品じゃないと、字幕を作る意味がありません。自己満足で行うのは単なる偽善。需要と供給のバランスが合うからこそ、この映画を選びました」と言い切る。
視覚や聴覚に障害のある方も楽しめるように、字幕や音声ガイドをつけて映画を上映する「バリアフリー映画」について林さんは、「その映画で使われている言語が分からない人のために日本語字幕や英語字幕を表示するのも、ある意味、映画のバリアフリー化のためですよね。
字幕があったからといって、その映画のセリフを母国語として聞いている人と同じように理解できるわけではありません」と語る。
「ただ、お互いが少しずつ手を差し伸べたら、わかり合えるチャンスができます。そこで行動せずに諦めたら、何も生まれません。多くの人に映画を好きになってもらいたい。そのために、さまざまな境界線を取り払う必要があります。聴覚障害がある人だけでなく、あらゆる年代の、男性、女性、すべての人に、映画を見てもらうきっかけを作る。それが映画祭の役割だと考えています」
東京フィルメックスで広報を担当する斉藤陽さんによると、近年、公民館やカフェなど、映画館以外での上映会が増えているという。「今回製作した『野火』の字幕付き上映素材を使って、全国各地で上映会を開催してほしい」と今後の展開に期待する。
海外映画の日本語字幕との違い
日本で15年に製作された邦画581作品のうち、映画館で、聴覚障害者向けの字幕付きで上映された映画は全体の約11%で、視覚障害者向けの音声ガイド付きで上映された映画は約2%だった。
通常の字幕と異なり、聴覚障害者向けの字幕では、誰が何を話しているのかが分かるように「話者名」や、風の音、足音などを説明する「環境音」がかっこ付きで表示される。
具体的には、<ハエの羽音><遠くから聞こえる砲声>などが環境音だ。
また、劇中に音楽が流れている時は「8分音符」がスクリーンの左下に示される。
「セリフはそのまま全部字幕に出すのではなく、ちゃんと読み切れる長さに調整します」。
そう語るのは今回字幕を製作した、聴覚障害、高齢難聴を持つ方のための字幕製作や、視覚障害の方のための音声ガイド製作などを行う「Palabra(パラブラ)」の山上庄子さんだ。
同社の溝渕萌さんは、「当事者の方にご意見をいただいたり、作品によっては、当事者、映画製作者、字幕製作者の三者で話し合ったりして、字幕の質向上に努めています」と語る。
「塚本監督が協力的で非常に助かった」と話す山上さんは、塚本監督が思い描いている世界を字幕で壊さないようにすることに注力したそうだ。
同じ衝撃を持って受け止められた
聴覚障害者向け字幕の製作は初めてだった塚本監督が特にこだわったのは、映像に映っていない物音だ。
(主役の)田村が一人草むらの中を歩き、戦場に向かうシーンでは、「周囲で弁当箱のこすれる『カランコロンカラン』という音が鳴っている」と字幕製作者に説明したところ、分かりやすく「周囲で大勢の兵士たちの移動する音」と字幕をつけてくれた。
字幕が出たり消えたりする瞬間の重要性を語り、「そのタイミングが絶妙で素晴らしかった」と字幕製作者を絶賛した。
上映後のトークイベントでは、「以前から見たかった映画でした。実際に見て怖くなりましたが、見て良かったです。ハエが飛んでいるシーンでは、実際に私は聞こえないけれど、手で払いたくなるような、そんな感じがしました」と、聴覚障害を持つ女性が手話を介して発言した。
塚本監督は「野火」について、「いわゆる“おもしろい”映画ではないものの、衝撃を持って受け止められています。これは今の時代に必要な衝撃だと思います」と語り、今回の上映会について、「本当は、一度音を消して字幕をチェックした方が良かったかもしれませんが、今日は聴覚障害をお持ちの方が上映後、字幕なしで鑑賞されている方と同じ衝撃を感じてくださったようで安心しました」と感想を述べた。
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